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銃器鑑定の歴史 40 [歴史]

第4部 最近の研究について

 銃器鑑定分野の最近の研究は、多方面にわたって行われている。

 口径0.22インチ縁打ち式薬莢に残される撃針痕とその分類の研究が、H. P.ホワイト研究所のバート・ムンハル(Burt Munhall)、テキサス州公安部のフレッド・ラィマー(Fred Rymer)、ミネアポリスのスタントン・ベルグ(Stanton O. Berg)とウィスコンシン大学のマシューズ博士(Dr. J.H. Mathews)によってなされている。

 発射薬残渣の研究は、日本の警察庁の岩井三郎、ロードアイランド大学のハロルド・ハリソン(Harold C. Harrison)とロバート・ギルロイ(Robert Gilroy)によって行われている。
 放射化分析法を利用した銃器の鑑定法については、カリフォルニアサンディエゴ市の原子力研究所のクィン(V.P. Quinn)とロサンジェルス警察のレイ・ピンカー(Ray H. Pinker)が行っている。

 発射弾丸類の標準資料の作成とその利用法については、フロリダ州マイアミのジョン・ソジャット(John G. Sojat)が行い、同様の研究はH.P.ホワイト研究所のバート・ムンハル(Burt Munhall)も行っている。軍用小火器の型式特徴については、トロント検察局研究所のクレマ(V. Krema)、ニコル(R.C. Nichol)、アンダーソン(B.J. Anderson)が行っている。

 発射痕鑑定への数学的確率概念の導入は、カリフォルニア州クパティーノのビアゾッティ(A.A. Biasotti)とオランダ、ハーグのフレデリック・エンクラー(Frederick Enklaar)の研究が注目されている。

 ペンシルベニア州警察のエドワード・クローサー(Edward Crowthers)は、銃器の製造に用いられている多種類の工具の研究を行っている。

 拳銃の銃把の破片が回収された場合に、その銃の種類を特定する研究は、ニューヨーク州アルバニーのアンドリュー・ハート(Andrew Hart)が行い報告している。

 もちろん、ここで紹介できなかった多くの人たちが、現在銃器鑑定分野で研究を行っている。1963年8月に開催されたICPO(インターポール)の総会で、銃器のプルーフマークとトレードマークの国際的参照資料の作成が勧告された。パリで開催された「警察業務の科学的視点」の第1回セミナーでは、銃器が発射されてからの経過時間推定について研究を行っている警察研究所が招待された。この問題は、今後銃器鑑定の分野で重要な研究テーマの一つとなるだろう。

この項終わり
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銃器鑑定の歴史 39 [歴史]

第3部 その後の発展 承前

 年    国・地域             出来事の概要

1958年 アメリカ合衆国  銃器鑑定とストライアグラフの教科書出版
      イリノイ州     ジョン・デービス(John E. Davis)著V.レオナルド(V.A. Leonard)
                編集の「工具痕・発射痕鑑定入門とストライアグラフ」イリノイ州
                スプリングフィールド市のチャールズ・C・トーマス社刊。282ページ。
                本書は、発射痕鑑定と工具痕鑑定の基礎事項を網羅しているとともに、
                著者が開発したストライアグラフについて詳細に紹介されている。

1962年 アメリカ合衆国  銃器鑑定の教科書出版
      ウィスコンシン州 マシューズ博士(Dr. J.H. Mathews)の「銃器鑑定」2巻本。
                 ウィスコンシン州マディソンのウィスコンシン州大学出版社刊。
                 第1巻は400ページ、第2巻は492ページ。
                 本書は、発射痕鑑定の文献として、極めて重要で価値のある書物
                 である。第1巻は、発射痕鑑定についての解説と、数千丁の自動
                 装填式拳銃と回転弾倉式拳銃の鑑定により収集された腔旋諸元
                 の表が含まれている。第2巻は、拳銃とその刻印の写真集と
                 なっている。

1962年 アメリカ合衆国  銃創学の書物出版
      ワシントンD.C.  陸軍軍医総監の「銃創学」アメリカ政府印刷局、ワシントンD.C.。
                 883ページ。
                 銃創についての包括的な研究書物で、多くの図表が含まれている。

1963年 アメリカ合衆国  ケネディー大統領暗殺事件
      テキサス州    この衝撃的で悲劇的な事件の銃器関連証拠についての分析結果は、
                 ウォーレン委員会の結論に示されている。銃器鑑定専門家の鑑定に
                より、回収された弾丸破片は、オズワルドの口径6.5㎜イタリア製
                マンリッヒャー・カルカノ・ライフル銃で発射されたものと結論された。
                さらに、オズワルドの口径0.38インチS&W回転弾倉式拳銃は、
                射殺された警察官ティペットの殺害現場に残されていた打ち殻薬きょうの
                発射拳銃と確定された。テキサス教科書倉庫ビルで発見された
                打ち殻薬きょうも、オズワルドのライフル銃と関連付けられた。
                銃器関連証拠の証言は、
                FBI研究所のロバート・フラジール(Robert A. Frazier)、
                コートランド・カニングハム(Cortland Cunningham)、
                チャールズ・キリオン(Charles Killion)と
                イリノイ州犯罪捜査研究所長のジョセフ・ニコル(Joseph D. Nicol)が
                行った。
                その詳細は、「ケネディー大統領暗殺事件に関するウォーレン報告書」
                アメリカ政府印刷局刊に詳細に示されている。
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銃器鑑定の歴史 38 [歴史]

第3部 その後の発展 承前

 年    国・地域             出来事の概要

1950年 デンマーク    発射痕鑑定における弾丸被甲の切断除去法
      コペンハーゲン  ヨルゲン・ピーター・クリステンセン(Jorgen Peter Kristensen)の
                「デンマークにおける銃器鑑定で使用する機材と手法」
                      鑑識ニュース誌 1950年3月号。
                この中で、被甲弾丸の金属被甲を切断し取り除く手法が紹介されている。
                取り除かれた被甲は、その後平板状にされ、載物台に取り付けて比較
                あるいは写真撮影された。

1950年 アメリカ合衆国  プロファイログラフ(The Profilograph)
      カリフォルニア州 プロファイログラグは、ティムケン・ローラベアリング
                (Timken Roller Bearing Co.)が、ベアリング表面の粗さ測定に
                使用していた器材である。
                カリフォルニア州オークランド在住の犯罪学者ジョン・デービス
                (John E. Davis)は、これを発射痕鑑定用に再開発し、
                弾丸の表面粗さをグラフ表示できるようにし、それにストライアグラフ
                (Striagraph)と名付けた。
                ストライアグラフは、発射弾丸の表面粗さをのグラフを用いた
                発射痕鑑定に利用された。
                プロファイログラフとストライアグラフの文献:
                   デイビス(Davis)の「警察科学におけるプロファイログラフ」
                       指紋と鑑識誌 1950年10月号

1957年 アメリカ合衆国     銃器鑑定の教科書出版
      ペンシルベベニア州 ハッチャー(Hatcher)、ジュリー(Jury)とウェラー(Weller)著、
                  トーマス・サムワース(Thomas G. Samworth)編集
                  「銃器鑑定・捜査と証拠」ペンシルベニア州ハリスバーグの
                  スタックポール社刊 536ページ。
                  ジュリアン・ハッチャー(Gen. Julian S. Hatcher)による同名の
                  原著の完全改訂版。改定を行ったフランク・ジュリー
                  (Frank J. Jury)はニュージャージー州警察犯罪捜査研究所長で、
                  ジャック・ウェラー(Jac Weller)はニュージャージー州プリンストンの
                  銃器鑑定コンサルタントである。 
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銃器鑑定の歴史 37 [歴史]

第3部 その後の発展 承前

 年    国・地域             出来事の概要

1948年  フィンランド   弾丸の比較と特定のための電気メッキ法
       ヘルシンキ   この手法は、腔旋痕の比較に電気メッキを利用して作成したレプリカを
                利用する。レプリカは凹凸が反転した痕跡となる。
                フィンランドのヘルシンキ市の犯罪鑑識局のオンニ・タッコー
                (Onni Takko)の「発射弾丸比較の新手法」
                指紋と鑑定誌 1948年9月号

1949年  アメリカ合衆国 銃器及び工具痕特定のためのファックスフィルム
                 この手法は、アセチル・セルロースをアセトンなどの溶剤で解いた
                 溶液を用いて、痕跡表面の微細形状の複製を作成するものである。
                 この手法を利用した商品の商標が「ファックス・フィルム」であった。
                 複製を作成しようとする痕跡表面に溶液を滴下する。
                 特許を取得した透明アセテートフィルム片を表面に硬く押し付け、
                 溶液が硬化したところで剥がす。このようにして、発射痕や工具痕の
                 凹凸形状が反転したレプリカが作成される。
                 このフィルムは透明で、投影して比較したり、写真撮影がなされた。
                 同様の手法については、1938年のアレン・リチャード・モリッツの
                 項を参照のこと。
                 ファックス・フィルム法の文献:「工具痕の一比較法」
                       刑法・犯罪学と警察科学誌 1948年7-8月に、工具痕の
                       鑑定における応用例が記載されている。
                       発射痕鑑定への利用可能性については、1949年の
                       IAIの講演予稿集に見られる。
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銃器鑑定の歴史 36 [歴史]

(5) 第3部 その後の発展 承前

 年    国・地域             出来事の概要

1930年  アメリカ合衆国  ライフリング・メーター(Rifling Meter)
代末から            この装置もマシューズ博士とヘンケによって開発された。
1940年             この装置は、銃身内に刻まれた腔旋のピッチを測定するために
代前半             開発された。銃は、この装置の一端にある固定器具で固定される。
                 装置のもう一方には、測定ヘッドがある(測定ヘッドは旋盤の
                 心押軸の先端に類似した形状をしている)。鉛製の円柱を
                 心押軸の先端に取り付ける。この心押軸の周囲は目盛り環が
                 刻まれている。続いて、鉛製の円柱を、心押軸の端に付けられて
                 いるハンドルを回転させながら、銃身内に押し込む。目盛り環の
                 目盛りを読み取りながら、あらかじめ決めておいた距離だけ
                 押し込んだところで、軸の回転量を読み取り、腔旋の回転量を
                 決定する。
                 ライフリング・メーターの論文:「ライフリングメーター」
                     刑法・犯罪学と警察科学誌 第35巻第2号 1944年7-8月。

1930年  アメリカ合衆国  腔旋諸元測定顕微鏡
代末から           当時シカゴ警察犯罪捜査研究所にいたチャールズウィルソン
1940年            (Charles M. Wilson)とマシューズ博士(Dr. J.H. Mathews)が
代前半            共同して、この特殊目的の顕微鏡を開発した。
                この顕微鏡に関する文献:ウィルソン(Wilson)の「発射弾丸の
                                型式特徴測定のための2種類の新装置」
                                刑法・犯罪学と警察科学誌 第27巻第1号
                                      1936年5-6月。
                                マシューズ(Dr.J.H.Mathews)の
                                  「発射弾丸の旋丘痕幅測定装置」
                                  刑法・犯罪学と警察科学誌 第44巻第6号
                                     1954年3-4月。
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銃器鑑定の歴史 35 [歴史]

(4) 第3部 その後の発展 承前

 年    国・地域             出来事の概要

1930年  アルゼンチン  ベラウンデ比較写真器(Belaunde Photo Comparator)
代末から           これも展開写真機の一種である。この写真器の名称は、
1940年            アルゼンチンのブエノスアイレス市の連邦警察犯罪捜査研究所長の
代前半            エルネスト・ベラウンデ(Ernesto Belaunde)にちなんで
                 名づけられたものである。
                展開写真器の論文:「銃器鑑定に重要な手法」
                                 FBI警察ニュース 1940年9月号
                             「ベラウンデ弾丸鑑定システム
                                 指紋と鑑定誌 1947年8月号
                             「ベラウンデ写真比較装置」
                                 国際犯罪警察レヴュー 1951年10月号

1930年  アメリカ合衆国 比較写真機(Comparison Camera)
代末から           この装置は、ウィスコンシン大学のマシューズ博士(Dr. J.H.
1940年             Mathews)が機器開発製造業者のリー・ヘンケ    
代前半            (Lee K. Henke)と共同して開発した機材である。
                 この装置は、基本的には2本のレンズを並べた写真機で、
                1枚の写真乾板あるいはフィルムに並べて結像させるものである。
                2基の独立した載物台を使用して、それぞれの載物台に比較対照する
                弾丸を載せる。資料は、写真乾板の横に設置された制御棒を用いて、
                載物台を動かすことによって弾丸の回転や焦点調節がなされる。
                撮影される写真や像は、比較顕微鏡で得られるものと類似している。
                比較写真機の論文:「銃器鑑定に重要な手法」
                                FBI警察ニュース 1940年9月号
                             「比較写真機」刑法・犯罪学と警察科学誌
                              第37巻第3号 1946年9-10月。
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銃器鑑定の歴史 34 [歴史]

(4) 第3部 その後の発展

 銃器鑑定の歴史の第3部は、1930年代後半から現在までを取り扱う。この期間における進歩は、最初はゆっくりとしたものであったが、そのテンポも1950年代に入ってから速まった。1930年代後半と1940年代前半に、銃器鑑定用の新たな機材がいくつかか発明された。それらの中には、扱いにくく、実用性を欠いているものが多かった。この時代に発明された機材や手法は、いずれも評判を得るまでには至らず、次第に使われなくなり、現在それらの手法を用いている者は少数派となっている。その一方で、比較顕微鏡は銃器鑑定の標準的機材であり続けた。1950年代後半から1960年代前半にかけて、銃器鑑定(発射痕による銃器特定)の重要な書物が出版された。現在では、銃器鑑識は数種類の分野に分かれ、それぞれの分野で情報交換が行われている。

 年    国・地域             出来事の概要

1930年  アメリカ合衆国  パンタスコピック・カメラ(展開写真撮影装置)
代末から            弾丸の全円筒部分を撮影して、平面状に示すことのできる写真機。
1940年             この装置は、弾丸をカメラのレンズの前で回転させ、弾丸の回転と
代前半              同期させてフィルムを動かすことによって実現された。
                  出来上がった写真を横方向に短冊状に切って、痕跡比較に利用され
                  た。
                  マサチューセッツ州ケンブリッジのケネス・ドーソン(Kenneth A.                    Dawson)が製作したこのタイプの写真機は「パンタスコピック
                  弾丸写真機(The Pantascopic Bullet Camera)と呼ばれた。
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銃器鑑定の歴史 33 [歴史]

第2部 科学となった銃器鑑識 承前

 年    国・地域             出来事の概要

1935年 アメリカ合衆国   発射銃器識別の教科書出版
      ノースカロライナ州 ジュリアン・ハッチャー少将(Maj. Gen. Julian S. Hatcher)の
                 「銃器の捜査、特定と証拠についての教科書」スモール・アームズ・
                 テクニカル出版社 342ページ。
                 この本は、長年にわたって標準的な教科書とされてきた。

1935年 アメリカ合衆国  発射銃器識別の教科書出版
      ニューヨーク市  ガンサー親子(Gunther & Gunther)の「銃器の特定」
                ジョン・ウィリー&サンズ社 342ページ

1938年 イギリス      弾丸と薬きょう表面に残された痕跡の複製法
      ロンドン      アセチル・セルロースなどの樹脂を液状化して透明なフィルム状にし、
                弾丸の周囲に巻きつけたり、薬莢の底面に押し付ける。フィルムが
                固化したら、それを剥がすと、フィルム表面に試料表面の痕跡が
                転写されている。その転写痕跡を写真撮影することができるとともに、
                他のフィルムの痕跡と比較対照することができる。この手法に関する
                論文は、アレン・リチャード・モリッツ博士(Allen Richard Moritz)の
                「弾丸、薬莢と銃尾表面の新検査法」ロンドン警察誌、
                1938年7~9月号にある。
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銃器鑑定の歴史 32 [歴史]

第2部 科学となった銃器鑑識 承前

 年    国・地域             出来事の概要

1931年 ドイツ        自動装填式拳銃の識別法の教科書出版
      シュツットガルト市 オットー・メッツガー博士(Dr. Otto Mezger)、ウォルター・ヘス博士
                 (Dr. Walter Heess)、フリッツ・ハッスラッハー捜査官
                 (Fritz Hasslacher)の「拳銃図鑑(Atlas of the Pistol)
                 この書物では、口径0.25インチ、0.32インチ及び0.380インチの
                 自動装填式拳銃が網羅されている。この本では、拳銃の写真
                 拳銃の解説文のみならず、その発射弾丸と打ち殻薬莢に残される
                 痕跡データが詳細に記述されている。「図鑑」には「発射弾丸と
                 打ち殻薬莢を用いた発射銃種の決定」という論文が併載されて
                 いる。この研究論文は、アメリカ警察科学誌 の1931年11・12月号
                 と1932年3・4月号に転載されている。

1934年 イギリス      発射銃器識別の教科書出版
      ロンドン市     サー・ジェラルドバラード大佐(Col. Sir Gerald Burrard)
                「銃器の特定と法弾道学」ハーバート・ジェンキンス社 220ページ
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銃器鑑定の歴史 31 [歴史]

第2部 科学となった銃器鑑識 承前

 年    国・地域             出来事の概要

1930年 アメリカ合衆国 バーチェット対州事件 アメリカ北西州判例集 第172巻555ページ 
      オハイオ州   裁判所は、腔旋痕を比較することによって、特定の弾丸が特定の
                銃器によって発射されたものであるという鑑定専門家の結論を
                証拠として認めた。この事件では、発射痕鑑定技術が科学として
                進歩した経緯を取り上げている。

1930年 アメリカ合衆国 聖バレンタインデー虐殺事件の論文
      イリノイ州     ゴダード(Goddard)の「聖バレンタインデー虐殺事件:実包トレーシング
      シカゴ市     の研究」警察科学誌 第1巻 60~79ページ。

1931年 アメリカ合衆国  州対キャンベル事件 アメリカ北西部州判例集 第239巻 715ページ
      アイオワ州     裁判所は、資格を認められた銃器専門家が、その2個の弾丸が
                 同一の銃身を通過したものであるとの意見を述べることを認めた。
                 この事件では、銃器関連証拠について、立ち入った議論がなされ
                ている。
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