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銃器工具痕鑑定の非科学性を主張する元FBI研究室長の宣誓供述書(35) [鑑定批判]

(18) 鑑定者の結論の偏り

 鑑定手法が完成したように見える現在でも、鑑定者の結論には種々の偏りが含まれている。偏りとは、客観的あるいは平等であるべき判断に、特定の見方が影響を与えてしまうことである。鑑定に際する偏りの一つに、期待に伴う偏りがある。弾丸や薬きょうに付けられた工具痕の比較資料として、大半の事件で容疑銃器は1丁しか提出されない。鑑定者がそれらの痕跡を調べて、ひとたび「一致」の結論を出してしまうと、それ以外の銃器の痕跡を調べようとはしないだろう。今調べた銃より、もっと類似した痕跡を付ける銃器があるかもしれないのに、である。このような検査法は、何人かの人物を並べて、その中に犯人がいるかどうかを目撃者に調べさせる際に、目撃者に容疑者を一人だけしか見せずに判断を迫るようなものである。鑑定者は、捜査員が持ってきた銃器は、「間違いないもの」であり、捜査員は、ただそのことを確認してもらいたいだけなのだ、と期待するようになる。事実私が調べた多くの事件で、「ヴィンセント・マッコイが逮捕されたことで、この事件は解決した」、といったようなコメント付きで資料が提示されていた。捜査員が「真犯人」を挙げているのだから、鑑定資料でそれを確認していほしいだけでなのだ、と鑑定者に信じ込ませるような状況が作られていた。鑑定資料を法科学研究所に提出する手続きも、法科学研究所がその資料を受理する手続きも、鑑定結果が肯定的になることを期待させる偏りに満ちたものとなっている。さらに付け加えると、銃器工具痕鑑定の現実のエラーレイトが小さなものとなっている最大の要因は、警察の捜査がほとんどの場合で的確であることにある。
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